社会福祉法人風土記〈37〉阿波国慈恵院 上 托鉢で養護の大切さ説く

2018年0614 福祉新聞編集部
    • このエントリーをはてなブックマークに追加
1965年から1997年まで使用した阿波国慈恵院の院舎

 阿波踊り、弘法大師(空海)ゆかりの四国八十八箇寺遍路(徳島市内五箇寺)で知られる徳島市は吉野川支流の助任川、新町川などが流れる人口25万人余の県庁所在地である。そこに1894(明治27)年、徳島県初の児童養護施設である社会福祉法人阿波国慈恵院の前身が誕生した。この年8月、日本が清国(中国清朝時代)と朝鮮の内政改革をめぐって対立したことから始まったのが日清戦争であった。

 

 

 眉山山麓の伊賀町に京都の名刹の一つ真言宗・仁和寺の末寺光仙寺がある。その住職北条義雄(1854~1939)は、この戦争によって孤児になった子どもらを寺内の毘沙門堂に収容し、自ら養育した。その活動を最晩年の僧衣の写真と共に、『徳島市史』(2003年刊)は紹介している。一方、『徳島の百人』(1968年刊)では、「義雄は福井県若狭市に生まれ、幼い頃から苦労し通しで流浪の旅を続け、徳島にたどり着いた。北条静軒の養子となり、北条姓を継ぐ」。そして1865(慶応元)年に得度し、5年間仏法を学び海部郡由岐町の小学校で教育に携わった。その後、長円寺を経て光仙寺に迎えられた。北条義雄は日清戦争下の市内の子どもたちの悲惨さを見て、市内だけでなく県下を行脚し托鉢を始めた。奥地の孤児、貧困家庭の子ら一人ひとりに声を掛け、周りの人々には養護の大切さを説き寄付を募ったと記述されている。

 

 

創立者 北条義雄初代院長

 

 執筆者の横山昭は巻末にエピソードを紹介している。「彼はちり紙を使うのにも極始末で、一度鼻をかんだ紙を捨てずにコタツでかわかしてもう一度使ったという。身辺をきびしく律し余剰をすべて慈恵院の経営にそそぐ」。

 

 日清戦争の実相を『明治二十七八年日清戦史』(参謀本部編)では、清国、朝鮮半島に渡った人数は、陸軍の軍人17万余人、軍夫10数万人とある。10年後に勃発する日露戦争(1904~05)では飛躍的にその人数が増加。『坂の上の雲』とはほど遠い状況下にあったことは戦死者数、日清1万3000人、日露約11万8000人(「日本史総覧」)からも明らかだ。その結果として多数の軍人、軍夫遺族から生まれる孤児、貧困児が増え続けたのである。

 

 北条義雄は仏教の布施行としてはもちろん、自身の幼児期からのつらい体験を重ね合わせ、奔走し続けることになる。

 

 児童養護施設の阿波国慈恵院のあゆみを追ってみたい。1899(明治32)年に創立総会を開き、正式名称を「阿波国慈恵院」として、育児、感化、免囚保護(刑務所出所者)の3事業を展開することを決めた。2年後の1901(明治34)年、院舎拡張と組織強化のために財団法人を取得。1903(明治36)年には、経費と設備の都合から育児事業に専念することになった。3年後には行脚して集まった寄付と恩賜金(明治天皇から下賜)をもって、監獄署の土地にあった本院を返還し、苦労の末に福島本町(現福島1丁目)の土地を取得した。

 

 大正時代に入ると欧州では第1次世界大戦(1914~18)が起こり、日本は一時は戦時景気になったが、大戦後は反動による不景気によって、各地で農民、労働運動が活発化。1923(大正12)年9月の関東大震災によって日本経済は大打撃を受けた。この間、慈恵院には1909(明治42)年に代用感化院として指定され併設していた「徳島学園」があったが、県立の「徳島学院」が23年に新設されたのを機に感化事業は廃止した。

 

 今年4月に木箱に入った慈恵院の貴重な和綴じの帳簿、1922(大正11)年から33(昭和8)年までの40余冊が、院内の倉庫に現存していることが判明した。その一つ『大正十三年度現金出納帳』を紹介してみたい。

 

 ――収入(金員之部)本町天主教宣教師五千円、宮内省下賜金四十万円、幟町個人五十万円、大阪南河内郡金剛寺二万円等―。この後も金額の高に関係なく寄付は、受付日付順に名前と金額が、楷書墨字で丁寧に記録されている。

 

 ――収入(物品之部)油揚四百枚、かきもち沢山、古着四枚、古本二十四・雑誌十八等―。品物と共に名前が記録されており、中には竹竿一本というものもあった。

 

 また、寄付は他県からもあり幅広い。地元からは製氷会社から製氷、足袋屋から足袋、材木会社から薪材、パン屋からパンと、それぞれの生業からの物品寄付が目立つ。これらが品物とその評価額と合わせて記録されている。

 

 ところで、この帳簿類の中に長4の茶封筒が一枚挟まっていた。表に寄付のお願い文(後述)と寄付金欄と氏名欄が印刷されたものである。ちなみにこの封筒には「麻植郡西尾村、○○○○。金壱円」と寄付者名が書いてある。

 

【髙野進】

 

 

(関連記事)

〈37〉阿波国慈恵院 中 うれしかった「ララ物資」

 

 

(福祉関連書籍)

 

地域福祉とファンドレイジング
中央法規出版
売り上げランキング: 4,378

 

子どもの貧困II――解決策を考える (岩波新書)
阿部 彩
岩波書店
売り上げランキング: 5,952

 

虐待・親にもケアを
虐待・親にもケアを

posted with amazlet at 18.06.08
森田 ゆり
築地書館
売り上げランキング: 6,891
    • このエントリーをはてなブックマークに追加