社会福祉法人風土記<42>思恩会 下 行政の垣根越えて対応

2018年1129 福祉新聞編集部
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佐藤以中・常務理事、しおん荘長

 思恩会の昭和と平成の現在をみてみたい。1871(明治4)年の明治政府による廃藩置県により廃城になった鶴ケ岡城(現鶴岡公園)近くにある鶴岡市立郷土資料館を訪ねる。

 

 日本が国際社会の中で揺れ動いていた昭和初期に民設民営であった七窪思恩園は、どのように持ちこたえようとしていたのか。郷土資料館の保管文書の中にその証左があった。

 

 (1)1932(昭和7)年に、財団法人日本育児院七窪分院創立後援会(岐阜市)の名で“分院設置につき地方有志各位に訴ふ”というA3判の寄付金申込書付きのチラシである。そこには並々ならぬ意志がうかがえる。

 

 「我等は先ず七窪に関係者に交渉を重ね、廣汎なる土地の無償使用権(注・県有地)を獲得したるを以って、これから創立費を一般地方有志各位の喜捨を待たんと欲し(略)希満腔の御同情を賜らん事を」とある。

 

 (2)1942(昭和17)年9月に鶴岡市役所庶務課に提出した増改築のための手書きの報告書。これは当時の七窪思恩会がどのような事業に取り組もうとしていたのか興味深い。

 

 「事業種類(一)育児事業(二)養老事業(三)託児事業(四)地方農業農産物並副業、開発指導(五)児童保護教化並職業訓導(六)其他農漁村更生指導」

 

 事業は育児、養老、託児・児童保護のいわゆる福祉分野と、今で言うところの地域おこしの分野も含まれている。

 

 この事業を創設以来展開してきた、その背骨に当たる理念について、思恩会は創立80年目の2009(平成21)年を機して、改めて定めた。

 

 〔愛の精神〕―「愛と慈しみ」に満ちた社会の幸せを追求します

 

 〔思恩の心〕―「親・師・社会・自然」の四つの恩に感謝し、社会の幸せに貢献します

 

 

 そして18(平成30)年の現在をみる。鶴岡市の人口動態は、人口12万7390人、1世帯当たり2.6人。ちなみに1930(昭和5)年は1世帯当り6.0人であった。88年にして1世帯当たりの人数は半減している。

 

 このような状況の中、全職員の先頭に立つ佐藤以中常務理事、特別養護老人ホームしおん荘長(62)は、気概を込めて語った。

 

 「理念は言葉だけではなく、精神的なものとして生きていると思います」と前置きして、「私たちが社会の下支えをしなくて誰がやるんだ、の思いで職員はみんな仕事に取り組んでいます。理念でここに入って来る人もいるかも知れませんが、多くの人は仕事をしながら、先輩や入所者の人たちと関わる中で、体に、心に、染み込んでいくものです。ですから次に継ぐ職員にも現場で伝えていきたいです」。

 

 現在、公設民営が増える中、思恩会は創設以来、民設民営を貫く数少ない施設の一つである。平成20年代に入って、高齢者は経済事情でサービスを受ける幅が出てきたことは良しとして、その選択に迷う人が出てきたのも事実である。思恩会はそのための施策をいろいろと打ち出している。

 

 

 湯野浜地区、加茂地区それぞれに誰でも気軽に立ち寄れる小規模多機能型居宅介護事業所を開所した。

 

野尻幸夫・多機能ゆのはま所長

 

 一つ目は、2011(平成23)年開設の「多機能ゆのはま」(定員25人)の野尻幸夫所長が大きな声で元気に語る。雪深い山間部の温海出身と前置きして、「困ったことがあったら何でも相談してくださいと地域の人に言ってるんです。『どげなことでも』と。今、老老世帯が増えてきて、家を出るに出られない人、独身のひとり住まいの人も増えています。私たちはさまざまな状態で孤立している人を追い詰めない状況づくりを、職員、ホームヘルパー、民生委員と協力して声掛けしています」。

 

石塚慶子・多機能かも所長

 

 二つ目は、オワンクラゲの研究で2008年のノーベル化学賞を受賞した下村脩・米ボストン大名誉教授も再生の力になったという、現在、クラゲの水族館として広く知られる市立加茂水族館がある古くからの港町、加茂に、2015(平成27)年、「多機能かも」(定員25人)が開設された。石塚慶子所長(61)は「私は41年間、思恩会に勤めることができたのは、最初に配属された養護施設での出来事でした。卒園の日のことです。普段はおとなしい男子が、私に『泣くなよ。がんばれ』と言ってくれたんです」と絶句。「その後、養護老人ホーム10年、特別養護老人ホーム22年の中では、入所している人の『ありがとう』の言葉に励まされました。この地域は隣近所が親密で、ここの交流カフェはいつも盛況。泊まり利用の9部屋もほとんど満室です」。天井が高く気持ちが温まる木張りのホールでは15人ほどの高齢者がボランティアのハーモニカ演奏に合わせ、楽しそうに歌っていた。

 

 

 鶴岡市議会議長も務めた保科直士理事長は、剣道、バスケットで鍛えた真っすぐな姿勢で、今後の福祉のあり方、思恩会の将来を語った。

 

 「福祉の世界は、福祉、医療、教育、行政の各分野が垣根を取り払って、お互いが同じ立場で、人々の置かれた状況を確認する。情報を共有し合って、時には意見や考え方に相違があっても、利用する一人ひとりが、現在、“幸せ”と思ってもらえるように、みんなが協力することが何より大切です」。

 

 創立者の五十嵐喜廣の心、精神を受け継いでいる私たちは、と前置きして「今は“地域の宝”と言われるまでになりました。これからは地域の人に助けてもらったことに感謝して、還元していきたい。これからも敷居のない、入りやすい、相談しやすい施設でありたい」と結んだ。

 

【髙野進】

 

 

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