社会福祉法人風土記<47> 庄内厚生館 下 共歩・共笑・共有で地域貢献

2019年0510 福祉新聞編集部
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現在の山家学園

 社会福祉法人庄内厚生館の経営を担う伊藤大海理事長(66)は、慈海初代理事長(1914~2003)の長男。大海理事長は就任前の1987年から法人の理事、93年から理事長職務代理として本部の運営に当たり、法人本部長から理事長になったのは2013年10月のこと。30歳だった1983年には蓮乗寺の住職にもなっている。

 

伊藤大海・理事長

 

 大海理事長は庄内町の小中学校を卒業した後、比叡山高から大正大文学部社会事業専攻を卒業した。比叡山高では全寮制の「宗内生」で僧侶になる勉強と修行をした。庄内厚生館に入職したのは76年で、「幼いころから父の姿を見て、天職として抵抗なく、この道に進みました」。障害者支援施設「久保更生園」の生活指導員から、26歳の時に同園の園長に。さらに85年から「緑の家」の園長、2007年から法人の本部長を務めた。

 

 さて、初代の慈海理事長は保育所「あなみ保育園」(1947年10月)をはじめとして、児童養護施設「山家学園」(49年)、福祉型障害児入所施設「木埋学園」(65年)、障害者支援施設「緑の家」(74年)と「久保更生園」(76年)の五つの施設をつくり上げた。

 

 大海理事長は「障害者の部門は、必要に迫られてということでした」と振り返る。知的障害のある児童を預かっても卒園したら行き場がない。そこで生活指導を必要とする人と、授産活動をする人とに分かれるのだが、同じ授産活動でも、A型、B型とに分かれている。高齢になれば老人施設が必要になるといった具合に施設の数が増えていくことになる。

 

 さらに大海理事長になってからは「障害部門」「介護部門」「児童部門」に「生活困窮部門」が加わった。障害部門では介護サービス包括型と外部サービス利用型の共同生活援助事業所のほかに、障害者相談支援センターもある。介護部門では住宅型有料老人ホーム「ゆふ」(2012年12月)が、生活困窮部門では無料低額宿泊事業「生活(いきいき)ホーム」(17年4月)も生まれている。

 

 慈海理事長の時代1985年当時、あなみ保育園など5施設の定員は合計約280人、職員は約100人だった。それが現在では法人事務局と給食管理室を除いた13施設で、定員の合計が約380人、職員数は同約180人にまで拡大を続けている。

 

 

 ところで、現在の法人本部長は大海理事長の次男、秀海氏(31)。大海理事長は「私の後は秀海が継ぐと思います。本人もやる気になって、人的なつながりは私よりあります」とうれしそうに話す。

 

 秀海氏は2011年3月に別府大文学部人間関係学科を卒業。大分県速見郡日出町にある社会福祉法人聖母の騎士会が運営する障害福祉サービス施設「ナザレトの家」に入職した。この間に九州医療専門学校の精神保健福祉士通信学科で学び、精神保健福祉士の国家資格も取得している。

 

 「ナザレトには4年間、勉強というか、実践を学びに行きました。それから、15年から法人の本部長として全体をみてもらっています」と大海理事長。「働き方改革とか、職員が資格を取得し、国家試験に受かったら、祝い金をあげようとか、私らが想像できないような、新しい発想を持っています」。いまは臨床心理士の資格を取得したいと、本部長の仕事をしながら、大学院に通っている。

 

 これからの法人のあり方について大海理事長に尋ねてみた。どうやら庄内町を走る国道210号(福岡県久留米市~大分市)沿いに「道の駅」構想が進んでいるらしい。「うちで作っているパンや、地域のお年寄りが育てた野菜を並べる。地域の人が集まれるコミュニケーションの場にもしたいんです」。

 

 国道沿いに4000平方メートルの土地を確保した。地権者や住民から反対の声はない。今年末か、20年度には立ち上げる計画で、「施設利用者が掃除だけでもいい。2人でも3人でも就職できるような場にしたい」という思いもある。法人の理念は「共歩・共笑・共育」。地域福祉にも貢献する法人の姿がそこに見える。

 

 【澤晴夫】

 

 

 

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