社会福祉法人風土記<49> 大阪自彊館 上 「休まず自ら努力」を貫く

2019年0612 福祉新聞編集部
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昭和初期の大阪自彊館

 釜ヶ崎。全国最大の寄せ場(労働者の集まる所)だ。1898(明治31)年、大阪府宿屋営業取締規則により大阪市や堺市で木賃宿(1926年「簡易宿」と改称)はできなくなった。新たに生まれたのが西成郡今宮村、現在の大阪市西成区「あいりん地域」である。

 

 この地で救護施設(生活保護法)を核に、どん底にあえぐ労働者の命と暮らし、そして社会復帰を助けてきた大阪自彊館。「利用者は延べにしたら3000万人近い。こんな社会福祉法人は他にありません」。川端均理事長(66)は胸を張る。

 

川端均理事長

 

 

 取締規則制定と同じ年、24歳の一本気な青年が大阪府巡査になった。中村三徳(1873~1964)。備前岡山藩の、しつけの厳しい武家に生まれた。9歳のとき父は急死し、勉学の志を断ち、大阪の運送店で働いた苦労人だ。学びながらできる仕事をと大阪府警察へ移った。

 

 やがて、難波、曽根崎といった大阪市内の繁華街や堺市内の所轄を異動。「オイ、こら!」。警官といえばとかくこわもてイメージだが、世話好きなお巡りさんだったという。

 

何とかならないか

 

 内務省の視察団が釜ヶ崎を訪れたのは1911(明治44)年。監獄法に詳しい小河滋次郎博士(1864~1925)も一行にいた。国中が米騒動に揺れた1918(大正7)年、大阪府嘱託として方面委員制度(民生委員の前身)の公布に尽くした法学者である。

 

 現地を警察部(現・大阪府警本部)保安課長、中村三徳が案内した。このころ、貧困や公衆衛生の対応は治安を担う警察の仕事だった。

 

 生活に疲れ自暴自棄に走る人、人生に絶望した者、無頼漢、農閑期の出稼ぎ、刑余者…さまざまな影が薄暗い部屋の奥にうごめく。いったい何人寝泊まりしているのか。悪臭のきつい不衛生なぬかるみ。その周りにたむろする野宿生活者も。

 

 「何とかならないものか」。自然と声が上がる。

 

 数日後、警察部長(現・府警本部長)室へ三徳は呼ばれた。

 

 「君、やってくれんか」「やりましょう」

 

 すぐ承諾した(『弓は折れず--中村三徳と大阪の社会事業』1985年)。

 

 寄付を募り、慈善興業を打つ。が、資金の大部分は大日本武徳会大阪支部(武術団体)にあおいだ。地元の有力者(金融業)から土地を、工事は鴻池組に格安で依頼。初代館長は典獄(刑務所長)になってもらい、1年後の1912(明治45)年、瓦屋根の木造2階建て共同宿泊施設が完成している。無料職業紹介所も併設した。

 

 名付けて「大阪自彊館」、由来は中国の易経にある「自彊不息」(「休まず自ら努力する」の意)。

 

 「燃やしたる!」

 

 木賃宿の主たちは客を取られると息巻いた。しかし、貧しい者を泊めるならと納得した。

 

 「規律と衛生保持」をモットーに酒、とばくはご法度。荷車やミシンを貸し与え、運搬業や裁縫の内職をさせている。18年6月、隣の浪速区内に設けた「第一簡易食堂」(100席)は人気だった。10銭(いまの約60円)で食べ放題。1日1000人を超える日もあった。

 

米騒動も無事

 

 米騒動のぼっ発は簡易食堂開設の翌月である。自彊館に近い天王寺公園あたりでも米穀商が襲われ、軍隊まで出て緊迫した。

 

 暴徒の前へ食堂ののぼりを立てた荷車がやって来た。

 

 「お~い、簡易食堂のコメや。道開けたれや」 「よっしゃ、わいが押したるで」

 

 騒動を教訓に大阪市は独自の食堂を置き、三徳の先見性を裏付けた。官でありながら、行政の発想を超え、先へ行っていたといえよう。

 

 このころ、難波署長(警視)だった三徳は、大阪府救済課救恤係長を兼ね、多忙であった。そこへ妻の死が見舞う。3人の幼い男児を抱え疲れたような姿に、上司は今の大阪府八尾市にあった中河内郡長への転出を計らう。首長は官選だった。

 

 自彊館理事でもあった彼はじっとしていられない。

 

 本館に19(大正8)年、家族向けの間貸し部分(その後の「向上館」)を新設。その2年後には中河内郡内の神主だった吉村敏男(1892~1975)を郡職員を経て館主事に引き抜いている。戦後、自分の後継として社会福祉法人の理事長に推した人物だ。

 

中村三徳(右)と吉村敏男

 

 三徳は21(大正10)年、郡長を辞すとともに乞われていた大毎慈善団(現・毎日新聞大阪社会事業団)の主事に就任した。この年、自彊館へ初出勤した敏男は事務所の大型金庫を開けてたまげた。空っぽ。「貸し売りお断り」と商店からもそっぽを向かれかけている。

 

 しかも、警察出身の職員たちと宿泊労働者との間には、とげとげしい空気も漂う。「大変なところへ来たもんだ」と覚悟した。

 

【横田一】

 

 

 

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