社会福祉法人風土記<5>信濃福祉施設協会 中 法人経営は火の車

2015年0903 福祉新聞編集部
西村晴彦理事長

 太平洋戦争の傷跡が生々しく、街頭に飢えた市民があふれた敗戦後の日本。たくさんの戦災孤児が東京から長野県へ流入し、また県内疎開中に身寄りが不明になるなど、そのままとどまらざるを得ない子も少なくなかった。

 

 「彼らが食っていけるためには何でもする」。財団法人「長野司法厚生協会」理事長の西村国晴(1900~78)は寝る間も惜しんで動き回った。人にものを頼まれると断われない性分でもあった。協会の更生保護施設「裾花寮」(長野市)を拠点に、働く場を次々と確保していく。

 

 長野市に桶作りなどの授産所、製材木工所、自動車修理訓練所▽岡谷市に農耕を目的とした農業健民所、虞犯少年のための少年修練健民所「塩嶺荘」▽西筑摩郡(現・木曽郡)王滝村にダム工事用の宿泊施設▽中野市に女性の社会復帰訓練施設「北信授産所」(あけび細工工場)。いま風に言えば職業訓練所のようなものだろう。

 

昭和30年代の授産所

昭和30年代の授産所

 

 塩嶺荘は少年法の改正などにより1949(昭和24)年、国立有明少年院塩嶺荘となるが、2年後に協会の経営に戻り児童養護施設「塩嶺学園」(岡谷市。2001年に同市内の社会福祉法人「つるみね福祉会」へ移管)、その翌年には同「木曽学園」(上松町。1955年閉鎖)を立ち上げ、恵まれない青少年の保護にも当たった。

 

 この間、社会福祉事業法(現・社会福祉法、1951年)が成立。これに伴い、長野司法厚生協会の一部財産寄付で社会福祉法人「信濃福祉施設協会」が誕生し、二つの児童養護施設を引き継いで出発したのは53年であった。理事長は両法人とも国晴が務めている。

 

 ヒノキの需要を見越して木曽で一山買い込み、暴落の苦境に至ったこともあったとか。「父は本当に夢の塊のような人だった」(晴彦さん)。

 

 長男である晴彦さんが父を助けようと戻ってきたのは1961(昭和36)年、24歳の時だ。大学を卒業し東京都庁に勤めていた。「もはや戦後ではない」(1956年の経済白書結語)。そういわれた高度経済成長期にあっても、経営は火の車。資金難に苦しんだ。「そんな父の姿を見かねて」という。

 

 当時両法人あわせて年400万円から500万円の寄付がないと維持できない状態だった。「あと半年もつか?」といった陰口をいつもささやかれていた。親戚から「お前無茶だ。あの仕事を本当にするのか?」とさえ晴彦さんは言われている。「俺がやらなければ父の夢と理想、入所者たちの将来が消えるとの思いだけで乗り出し、無我夢中でした。車の運転と金策しかしていなかった」と振り返る。

 

 晴彦さんは、トラックに製材や鶏肉などを山積みし売り歩く。寄付集めに上京し、県出身者を訪ねる。こんな日々が数年続く。かつては善光寺の尼僧の修練場だったり、長野刑務所で亡くなった者の墓地だったりした法人の中庭に「売るためにニワトリを1万羽飼っていた。豚もいたなあ」と、1937(昭和12)年生まれで信濃福祉施設協会の2代目理事長・西村晴彦さん(78)は当時の記憶を懐かしそうにたぐる。

 

 長野県人の紹介で上京し、初対面の山梨県出身者からポンと5000万円寄付されたことも。「若いのに頑張っているね。好きに使ってください」と。人の思いやり、優しさ、人とは心の芯で接することなど、このころ得たものが以後の施設・法人経営のモットーになった。

 

 ところで、司法保護施設は入所期間が最長6カ月という決まりがある。裾花寮には知的障害者が次第に増え、この短時日では充実した支援は難しい。その打開策を長野県と相談し、1967(昭和42)年、生活保護法による救護施設として社福に設置されたのが「旭寮」(定員50人)だ。裾花寮の一部を借りての船出。6年後には増改築し、定員を80人へ。やがて国晴が逝き、2代目理事長(旭寮施設長兼務)として晴彦さんへバトンタッチされたのは78年であった。

 

昭和48年旭寮増改築落成式で高松宮殿下・妃殿下をご案内

昭和48年旭寮増改築落成式で高松宮殿下・妃殿下をご案内

 

 時代とともに福祉ニーズは動く。授産所などは順次廃止され、裾花寮の定員も20人にまで減っていく。1996(平成8)年には旭寮の隣に移転新築し、翌年には「司法に造詣の深い人を」と晴彦さんは長野司法厚生協会の理事長職から身を引く。法人の施設は旭寮のみとなった。
 だが、新たな挑戦が3代目のもとで始まろうとしている。

 

【荻原芳明】

 

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