東京パラ(1)ボッチャ 廣瀬隆喜選手 「最高のショット狙う」 

2017年0921 福祉新聞編集部
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7月には特別支援学校が競うボッチャ甲子園でゲストに呼ばれた

 2016年リオパラリンピック、ボッチャの混合団体準々決勝。宿敵中国との一戦は6エンドが終わっても勝敗はつかず、タイブレークにもつれ込んだ。

 

 お互いが5球ずつ投げきり、中国が優勢。廣瀬隆喜選手(33)が投げた最後の1球は、味方の玉を押して、ジャックボールにぴたりと寄った。その瞬間、廣瀬選手は雄叫びを上げた。

 

 「あのショットは競技人生の中で一番だった」。廣瀬選手は振り返る。勢いづいた日本は、次のポルトガル戦も制して、パラ大会初の銀メダルに輝いた。

 

 やれることはすべてやった上で臨んだ大会だった。リオ大会前の3年間は、徹底的にライバル国の癖を分析。練習試合を動画で記録し、各選手の苦手なコースなどを調べあげた。

 

 データは、監督やコーチとも共有。「日本チームはお互いに目を合わせるだけで次に投げるべき球が分かるくらい意思疎通が図れていた」(廣瀬選手)。

 

 廣瀬選手は生まれつき、脳性まひによる四肢体幹機能障害がある。何かにつかまれば立つことはできるが、歩くのは難しい。両手にもまひが少しあるが日常生活に大きな支障はない。左手の握力は29キログラムほどだという。

 

 千葉県立袖ケ浦特別支援学校に在学中は、ビームライフルや車いす陸上をしており、結果も残した。ただ、卒業間際、一生続けられるスポーツとして先生からボッチャを紹介された。これが競技を始めたきっかけだ。

 

 卒業後は社会福祉法人アルムの森の利用者として、週5回パソコンを使った事務作業を行いつつ、市原ボッチャクラブで日々研さんを積む。

 

 「東京大会でも勝負を分ける1投がきっとまた来る」。そう思いながら廣瀬選手は、週4回のペースで毎回5時間ほど練習している。

 

 最初は長めの距離で徐々に肩を温める。続いて距離を少しずつ縮め、精度を重視。その後、対角線や複雑な配置での投球も練習する。

 

 近年は上からボールを落とすロビングなどの技にも磨きをかける。「練習で100%できることが本番での成功につながる」。

 

 各種イベントや特別支援学校に呼ばれる機会も増えた。普及活動を頑張りすぎると練習時間も減るが、廣瀬選手は「メダリストとしての宿命」と言う。

 

 もちろん若手の台頭は自身の日本代表としての立場を脅かす可能性もある。それでも今は国内でのボッチャの認知度向上こそが大事だと感じている。

 

 「自分もまだまだ技術やメンタルを磨くことで成長できると思っている。東京大会は一皮むけた姿を見せることができれば」。

 

 競技を始めて15年。日本のボッチャ界を背負うまでに成長したエースは、最も輝くメダルを取るため、努力を積み重ねる日々を続けていた。

 

 

 2020年8月25日から始まる東京パラリンピックまで3年を切った。大会を目指す選手の今を不定期で取り上げる。

 

 

 

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