【相模原殺傷事件】植松被告に死刑判決 横浜地裁は責任能力を認定

2020年0323 福祉新聞編集部
    • このエントリーをはてなブックマークに追加

公判傍聴記

 津久井やまゆり園事件の裁判は1月8日に始まり、2月19日に結審。3月16日に判決が下された。亡くなった入所者は甲A、負傷した入所者は乙A、負傷したやまゆり園職員は丙Aといった具合に、被害者は匿名で審理された。計17回の公判で見えてきた被告の犯行動機をたどってみた。被害者遺族の心情もお伝えする。

 

 犯行動機の解明は「意思疎通のとれない重度障害者はいらないという考えがどのように形成されたのか」「なぜ自ら殺害に及んだのか」の2段階に分けることができるが、被害者遺族らは、いずれも十分解明されなかったとみる。

 

 

金への執着

 

 第1段階について分かったのは、「重度障害者はいらない」とする被告の考えは幼少期からあったことだ。被告は小学生の時に作文に「障害者はいらない」と書き、大学時代に差別的な考えを周囲に漏らしたことを認め、「すべてが私の思想に影響した」と語った。

 

 やまゆり園入職後、入所者について「人間扱いされていない」「不幸しかつくれない」と否定的な考えを深めたとする一方、「やまゆり園は悪くない。他の障害者施設に勤めていたとしても犯行はしていた」と語った。

 

 一方、被告がやまゆり園で働いて気付いたのは「入所者支援は負担が重く、金がかかること」だ。被告が入所者をうまくトイレ誘導できなかった逸話や、金への執着が法廷で明らかになった。

 

 被告は「重度障害者はいらない」とする理由として、その生活を支えるのに、金(税金)と時間がかかることを挙げる。裁判長から「金の問題がクリアされていれば犯行はなかったか」と問われると、「その通り」と即答した。

 第2段階の「なぜ被告が殺害に及んだのか」についても、誰もがふに落ちる話は見えてこなかった。

 

思想か妄想か

 

 被告が差別的な思想を持つところまでは、検察側も弁護側も「理解はできる」と一致。しかし、その「思想」と「自分の手で殺害する」との間には飛躍がある、と弁護側は食い下がった。そこをどう説明するかが最大のポイントになった。

 

 重要になるのは精神分析だが、地裁から精神鑑定を依頼された大澤達哉医師(都立松沢病院)、首都圏の複数の精神科病院で積み重ねたキャリアを買われ弁護側から依頼された工藤行夫医師とで見解が分かれた。

 

 大澤医師は「被告は(過激な発言で人気を得た米国の)トランプ大統領を見て自分の考えを補った。言ってはいけないことを言っても良いと思うようになった」と分析。妄想ではなく、「特異な思想」が計画的な犯行に駆り立てたとみる。

 

 これに対し、工藤医師は被告が事件前、大麻を常習していたことを重視。「大麻による高揚感なしにあのような犯行はできない」とし、慢性的な妄想があったと解釈した。

 

 検察側は大澤医師の鑑定結果をもとに、「被告は自分の考えを世間に考えてもらうために犯行に及んだ」と説明した。世の中に問題提起したいという欲求が最後の引き金だったとし、判決もこの立場を取った。

 

劣等感

 

 アピールしたい気持ちと裏腹にあるのが劣等感だ。被告は犯行動機について「社会の役に立ちたかった」「有意義な人生にしたかった」と繰り返した。

 

 「あなたのコンプレックスが犯行の原因では?」と問われると、「確かに……。私は野球選手や歌手にはなれないが、もしなれていたら事件は起こさなかった」と答えた。

 

被害者の遺族

 

 亡くなった入所者で、甲Aと呼ばれる予定だった美帆さん(19・女性)の母は初公判の日、美帆さんの名を明かし、写真と手記を公表した。「甲Aと呼ばれるのは嫌だった。どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だった」とその理由をつづった。

 

 法廷では自閉症の美帆さんが生前、周囲から慕われていたこと、音楽葬で200人に見送られことなど「生きた証し」を強調。遮へいされた場所から被告に向かい「美帆を返してほしい。あなたが憎くてたまらない」と語気を強めた。

 

 遮へいはせず、傍聴席からも見える場所で息子に諭すように語りかけたのは甲Eさん(60・女性)の弟だ。「そろそろ人のことはいいから、自分の人生に向き合う時だ。あなたは若く、あまりにも幼い。私は死刑を望む。そのことをご両親におわびしたい」。

 

 動機の不可解さを嘆く遺族もいた。甲Oさん(55・男性)の妹は「被告の考えは全く理解できない。単なる思いつきだろう。こんなことで亡くなった兄はさぞ無念だったろう」と吐露。甲Sさん(43・男性)の姉はこう総括した。「この裁判は考えれば考えるほど分からなくなる。被告は歪んだ形で自己実現したかったのだろう」。

 

 

〔記者の視点〕疑問晴れぬまま

 

 重度障害者への差別的な考えだけで、あのような犯行ができるのだろうか。この疑問は晴れなかった。地裁が精神鑑定を依頼した大澤達哉医師は「被告に障害者への恨みはない」と証言。判決後の会見では、ある裁判員が「殺害に至った経緯は十分聞けなかった」と漏らした。同感だ。ドロドロと湿った感情は見られず、聞こえてきたのは乾いた言葉ばかり。「もやもやが残った」(被害者家族の尾野剛志さん)という感想は何人からも聞いた。横浜地裁での裁判は終わっても、私たちは事件の裏に潜む世の中の空気に敏感でなければならない。裁判で被害者を匿名にせざるを得なかったこと、ここにポイントの一つがあるのではないか。

    • このエントリーをはてなブックマークに追加
1 2