チームでつないだ「好感」日記

2022年1223 福祉新聞編集部

 誰しも外出先でお手洗いを我慢した経験はあるのではないでしょうか。目の前にお手洗いが見えた時は、心の底から安堵したことでしょう。近くにない時は、じっとしていられず不安な状況が続きます。そして、もし予想だにせず、そのぎりぎりの尿意が急に襲ってきたらと考えると恐ろしいですよね。

 

 人は膀胱内の容量が一定に達すると尿意を感じるようになっていますが、高齢者の中には膀胱直腸障害によって、尿意を感じる膀胱用量が少なくなっている方がいます。膀胱内に少量たまっただけで尿意を感じてしまうのです。しかも今にもあふれ出しそうな尿量だと感じ、我慢ができません。

 

 私が出会った田中さん(仮名・女性)も1日に20~30回尿意を感じてしまい、失禁してしまうのではないかと毎日不安を感じていました。田中さんは「トイレはどこ? トイレの近くじゃないと私は嫌!」と常にお手洗いの場所を気にしていました。認知症も患っており、数時間前にお手洗いに行ったことを忘れてしまうため、膀胱用量のトレーニングである「蓄尿」は、うまくいかない日々が続いていました。そして数十分で襲い掛かってくる尿意。これほど不安なことはないでしょう。

 

 そこで取り入れたのが排尿日誌です。お手洗いに行くたびに排尿日誌を一緒につけ、さらに膀胱内にたまっている尿量が分かる機器(超音波エコーで体表から膀胱内にたまった尿量が測れる)も使用し、量を確認できるようにしました。

 

 しかし結果は「トイレに行きたい。早く行きたい」という訴えが続く日々。スタッフは排尿日誌を片手に「20分前にお手洗いに行ってますよ」と伝えます。しかし「これは私が書いたものじゃない。私は行ってない。なんで行かせてくれないの!」と、尿意切迫感からくる不安が、認知症の症状を強くさせていました。

 

 蓄尿トレーニングは「本人の高い意欲」と「適切な状況把握」が必要となります。認知症を患っていた田中さんにとっては、排尿日誌は適切な状況把握の手段ではなかったのです。

 

 何とか安心して生活していただきたいと考えていた我々は、田中さんのご家族と数回にわたり話し合いました。そこで家族から得た一つのエピソードが「交換日記」です。「母は私(娘)と交換日記をするのが楽しみの一つでした」。

 

 翌日から排尿日誌は交換日記に変わりました。排尿記録だけでなく、その日の出来事を娘さんに伝える形で記載するようになりました。

 

 「おなかの中におしっこをためるようにしているの。おなかの中をのぞけるきかいがあるのよ。いやよね、中までみられるの。150ためられるようになったって言ってたわ。今日は8回トイレに行ったの。そっちはどう? 元気にしてる?」

 

 興味がなかった排尿日誌が交換日記に変わることで、蓄尿量も排尿回数も気にしていただけるようになりました。まさしく本人の好感を得た「好感」日記となりました。3週間後、その日記にはケアスタッフも参加できるようになり、「家族の一員として受け入れられたのかな」と、とてもうれしく感じたのを昨日のことのように思い出します。介入に困った時は、家族の話がヒントになることもありますよね。

 

 ※尿失禁や尿意切迫感に関しては心理的な問題だけでなく、膀胱炎などの影響もあります。特に男性では前立腺肥大や前立腺がんなどが原因であることも多いので要注意です。

 

筆者=中江暁也 原宿リハビリテーション病院 課長

監修=稲川利光 令和健康科学大学リハビリテーション学部長。カマチグループ関東本部リハビリテーション統括本部長