世に出てこそ光は輝く 日浦美智江・訪問の家理事 (横浜市)

2014年0310 福祉新聞編集部
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 今年は障害福祉の父、糸賀一雄先生の生誕100年に当たり、滋賀県では記念の催しがいくつか行われている。糸賀先生は「この子らを世の光に」という障害福祉の礎となる有名な言葉を残されている。

 

 42年間、重い障害児者の方々と過ごす日々で出会った私たちを信じ切った屈託ない笑顔の数々。

 

 人間はIQと身体状態だけで生きているのではない。心という柱がある、情緒という柱がある。それこそが人間の宝だと心を動かされる中で、何時のころからか先生の「この子らを世の光に」という言葉が私の心に深く入り込み、活動の柱となり、心の柱になった。

 

 私が「朋」(重症心身障害児者の通所施設)の施設長だった時のこと。一人の中学生がガールフレンドと一緒にボランティアにやってきた。茶髪でシャツの襟のボタンをはずし、ネックレスをした彼は一つのグループに入り、そこでまるで彼を待っていたような、ゆうこさんのはじける笑顔に出会った。

 

 帰途、彼は「人間は形じゃない。心を見なくてはいけない。僕はここでなら僕でいられる」と告げた。

 

 ゆうこさんの笑顔が彼を引っ張った。彼は度々ゆうこさんに会いに来た。学校が大嫌いだった彼が高校合格をゆうこさんに告げに来た日のことを今も覚えている。彼はゆうこさんに将来バイクの店を持ちたいという夢をよく語った。専門学校を出た彼は夢を実現し、バイクの販売店を持った。

 

 彼は私にこう言った。「僕がぶれないで夢にたどり着けたのは、ゆうこさんがいたから。彼女の笑顔が支えてくれたから」。

 

 どれほど多くのエピソードに出会ったことだろう。

 

 「この子らを世の光に」という言葉が心の柱になればなるほど、「光」は世に出なくては「光」として見えない、その思いが強くなった。

 

 みんなに多くの人に出会ってほしい、さまざまな体験をしてほしい、そう願った。私たちはみんな関係の中に生きている。出会いの中でみんなが一人ひとり個人としてその存在が認められ、多くの人との関係の中で生きてこそ「光」は輝く。

 

 「この子らを世の光に」の真実を、光が見える社会に、光と出会える社会に、そして光と共に歩む社会に、糸賀先生の生誕100年の記念すべき年に改めてこの言葉の持つ深い思想のバトンをしっかり受け止めたいと思う。 

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