「最も弱い者を守る」運動50年に敬意 末光茂・旭川荘理事長(岡山市)

2014年0707 福祉新聞編集部
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社会福祉法人旭川荘理事長の末光 茂氏

 梅雨入りとともに局所的な集中豪雨による被害が各地で多発する中、ひとときの晴れ間に恵まれた6月9日。東京都下のホテルを会場に「全国重症心身障害児(者)を守る会」は創立50周年記念式典を、前日、桂宮様が逝去されたにもかかわらず、天皇、皇后両陛下のご臨席をいただき、厳粛に開催しました。

 

 この会が結成された50年前には、将来働いて社会の役に立つ可能性のない人に税金を使うことはできないとの国の方針のもと、家族は厳しい状況におかれていました。

 

 1964(昭和39)年に会を結成。北浦貞夫・雅子会長はじめ母親たちは、重症心身障害児者が精いっぱい生きている姿を地道に訴え続け、ようやく1967(昭和42)年「重症心身障害児施設」が法定施設としてスタートしたのです。当時、朝日新聞記者だった有馬真喜子さんは、こぶしを挙げて声高に要求するのではなく、素人っぽい愚直な行動がかえって社会の共感を得たのでは、と証言しています。私はこの年にこの世界に加えていただき、47年。

 

 現在では全国に198カ所1万9000ベッドの整備をみています。そこでは児童から成人への切れ目のない、医療と福祉と教育の一体提供がなされています。

 

 式典の体験発表では、49歳の娘をもつ稲場純子さんが、重症児入所施設は人権侵害の場ではないと訴えました。

 

 さらに在宅重症児者のための日中活動の場やショートステイ、そして訪問看護・療育・介護の面でも整備が進みつつあることは、在宅で暮らす太田由美子さんの体験発表の通りです。

 

 重症児に即した国の制度づくりは、世界広しといえどもわが国だけだと、岡田喜篤・日本重症心身障害福祉協会理事長は祝辞の中で高く評価されました。

 

 この親の活動を支えてきたのは「守る会」の三原則。「争ってはいけない。争いの中に重症児の生きる場はない」「いかなる主義主張があろうとも重症児運動は党派を超える」「最も弱いものをひとりももれなく守る」です。

 

 式典前日の講演。ドキュメンタリー「ゆっぴいのばんそうこう」(フジテレビ放映)で知られる女優の石井めぐみさんは、物言えぬ重い障害児に教えられ、励まされた9年余を語りました。母親としての愛とそれに応える重症児の精いっぱいの笑顔や亡くなる直前の奇跡的ながんばりは、1200人の参加者に感動と涙を誘いました。

 

 北浦雅子会長を先頭に「守る会」の皆さんが、わが子だけの利己的な要求でなく、社会の共感を得る働きを続けられたことに心からの敬意を寄せるとともに、「いのち」の大切さの輪がさらに広がるよう手を取り合って努力することを、心秘かに誓った2日間でした。

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