社会福祉法人風土記<3>広島新生学園 下 家庭に近い環境に

2015年0626 福祉新聞編集部
創立者・上栗瀬登園長の思い出を語る上栗哲男現園長

 「児童虐待は7万3802件と過去最高を記録」

 

 今春、全国の児童相談所が対応した昨年度の件数が報道された。児童養護施設への関心と期待が一段と高まっている。

 

 全国に600ある施設の中で、広島県東広島市西条町にある社会福祉法人・児童養護施設「広島新生学園」は、幼児から18歳までの少年少女80人と職員26人が、毎日スポーツをやるユニークな運営で知られている。

 

 男子は野球、女子はバレーボールを全員参加で毎日やるのが原則だ。創立者の上栗瀬登園長(故人)自身スポーツ好きで、チームプレーによって団結心や協調性や忍耐力が身に付くとの信念の下、昭和20年代の早くから軟式野球、ソフトボール、卓球、バレーボールなどを実施、「原爆の街のスポーツの学園」としてマスメディアで紹介された。

 

 近くの旧広島市民球場で〝朝練〟をするなどして練習を積み重ね、新生学園の野球チームは福祉施設野球界の強豪チームとして知られるようになった。

広々とした野球場がある広島新生学園

広々とした野球場がある広島新生学園

 

 1971年に現在の東広島市西条町に移転した際、敷地内に屋外バレーボールコートとプールと、さらに全国でも珍しい専用野球場を造った。左右両翼80㍍、センター90㍍、しかも外野には芝生が植えられ、高さ2㍍の金網フェンスが張り巡らされた本格的な野球場だ。もともとは段々畑だった土地を、ブルドーザ ーで整地してまでグラウンドを造った上栗の熱意が伝わってくる。

 

 施設内に住んだ上栗頼登・和子夫妻は、3人の実子も収容園児と分け隔てなく育てたから、長男の上栗哲男・現園長(66)らも毎日仲間と一緒に練習に汗を流した。  広島県立廿日市高校に入学後、野球部に入った時のキャプテンが、後に広島カープを日本一に導いた山本浩二さんだった。

 

 「ケツバットでしごかれました。でも、そのご縁があったので、浩二さんは学園のチャリティーに参加してくれます」と苦笑する。

 

 スポーツの効用はあるのか。73年から学園勤務を始め、95年父の死後に経営を継いだ哲男園長は、多くの学園生の姿を見てきてこう言う。

 

 「うちに来る子どもの大半は親の虐待を受けた子や発達障害の子ですが、野球をやり出すと落ち着いてくる。チームプレーをしているうちに、自分の役割分担が体で分かってくる。誰かがエラーしたらカバーすることを覚える。ルールを守るようになる。サヨナラヒットを打ったりすると、周りから認められて自分に自信を持ち始めます」

 

 女子のバレーボールも同じだという。「自分のことしか考えていなかった子が、そのうち自分の守備位置以外のボールも拾おうとする。うまくなって学校のクラスマッチで活躍すると、勉強にも自信を持ってくる。児童養護施設は、食べさせ寝かせ登校させるだけではいけない。それ以上のことをやらないと。それは自律支援です。そのためのスポーツです」

 

 児童養護施設の価値は、大人となった卒園者たちが〝我が家〟を訪れるかどうかで決まるとも言われる。炎天下で白球を追ったかつての学園球児たちは、今も正月と夏のお盆の季節に戻ってきて、現役チームと紅白戦を長く続けている。今年正月には孫を連れた60歳代の男性を含めた30人ほどのOB、OGが〝里帰り〟して、今の園児たちに1000円ずつのお年玉をプレゼントした。

 

 独自性はまだある。創立者の上栗頼登園長が「一つくらい毛色の変わった施設があってもよいではないか」と、ギャンブル企業からの寄付を一切受けない経営方針を貫き、今も守られている。公営ギャンブルやパチンコ依存の親が家庭を壊したのが原因で学園に来る子が多い事情を考えれば、〝武士は食わねど〟精神の高邁さが浮き彫りになる。

 

 また、「おはようからお休みまで」一緒にいる家族主義の運営を実現するため、早い時期からフレックスタイム制を導入しようとしたのは、創立者の頼登園長だった。労働基準監督署は認めたがらなかったが、新生学園では1989年から労使慣行でフレックスタイム制を続けている。哲男現園長が説明する。

 

 「園長の私と弟(副園長)と私の妻(保育士)が施設内に住んで、365日児童と起居を共にしており、宿直・夜勤は私がやっています。今は職員17人をフレックスタイム制にし、児童が学校に行っている午前8時から午後4時までを休憩時間にしています。こういうやり方を労基署に認めてもらいました」

 

 園長と弟の明男副園長(61)が広島大学などいくつかの大学、短大の講師を務めている縁で、学生ボランティアが園児の面倒を見てくれるのも強みだ。学生が園児とマンツーマンで1年間、勉強の手伝いをしながら成長過程を研究する、園児は学力が伸びる、という二人三脚が続いている。

 

 2年後には今の場所に施設の全面新築が予定されている。世界的な傾向である小規模グループケアを模索中だ。新しい器にも、子どものことを第一に思う〝上栗魂〟を受け継ぎ、新時代に合った養護態勢づくりに知恵を絞っている。

 (網谷隆司郎)

 

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