社会福祉法人風土記<5>信濃福祉施設協会 下 法人の新たな使命を模索

2015年0911 福祉新聞編集部
西村行弘施設長

 生活保護法の救護施設「旭寮」の施設長兼常務理事、西村行弘さん(51)は、施設の建物で生まれた。小さいころは更生保護施設「裾花寮」の空き室が家族の生活の場でもあった。

 

 「直接人とかかわりたい」。いまの2代目理事長である父・晴彦さん(78)を助けようと1997(平成9)年、IT関連企業を辞め、福祉の世界へと人生の舵を切った。32歳の時である。

 

 ㊥で紹介したように、晴彦さんも法人を興した初代理事長である父・国晴(1900~78)に助力しようと東京都庁を退職している。行弘さんもうり二つ。社会福祉士の資格も取り、2010年、施設長に。

 

 「いかに利用者の尊厳を守っていけるか、いかに幸せになっていただけるか」。法人広報紙の就任あいさつには、こう抱負を記した。「旭寮のサービスの質はまだ世間一般の生活レベルにはない。利用者、家族、職員の目を通し、遅れている点を洗い出し、皆で一つひとつ課題・問題をクリアし、もっと良い施設にしていきましょう」とも。

 

 発想のベースは、「職員の満足度が上がる」イコール「利用者の幸福度が上がる」という信念だ。いま長野県救護施設協議会会長として県内七つの救護施設全体の質の向上や職員間・利用者間の交流促進に力を注ぐ。 法人では独自事業を二つ展開している。

 

 一つは、県内のホームレスの増加に対応して進める「ホームレス等生活困窮者支援」。2002(平成14)年に始めた。住居をはじめ、TV・寝具・洗濯機など生活必需品の提供、通院の付き添い・相談、1日の生活費として寮費300円、食費(材料費)3食分1100円の支給などだ。17歳から86歳まで男性67人、女性4人の計71人(平均年齢54・9歳)が支援を受けた(2013年度現在)。

 

 「ゆめのは」と名付けた相談も。介護保険や障害者自立支援といった福祉サービスのらち外に置かれている困窮者が対象だ。

 

 独自事業のほか力を入れているのが「居宅生活訓練事業」。最長2年間、アパートを借り、指導を受けつつ生活のノウハウを身に付ける。旭寮の利用者が自立するための、ソフトランディング事業といえる。

 

 「この事業はありがたい」。4年間の寮暮らしの後、訓練を経て2年前に地域自立第1号となった加々美孝夫さん(64)は、「自立した方が絶対いい」と熱く語る。

 

 いま長野市内の8畳間、台所・バス・トイレ付きのアパートで自活する。市からの家賃補助のほか、生活保護でやっているという。「寮では旅行・行事など楽しいことばかりだった。でも、人生は一度だけ。皆挑戦した方がいい」。加々美さんはそう強調する。救護施設は“終の棲家”などとも言われてきた。「しかし、ここが人生最後の場所ではない。一人でも多く町で暮らせるように」(行弘さん)というのが法人の願いでもある。事は簡単ではないが、“通過型施設”への脱皮だ。

 

 旭寮は2年後に同じ町内の別の場所に移る。積極的に移転を支援している地元の区長・小池公雄さん(70)は「昔から地域の運動会や学校の行事に寮の利用者が参加するなど交流してきた。共生の時代です」と言う。また、職員の金箱裕二さん(40)は、「私たちが楽しく仕事し、地域の人たちから『法人があって良かった』と言われるよう頑張っていきたい」と話す。

 

 高齢化の波の中で、法人は寮移転後の跡地をどう利用するか検討している。小規模多機能施設、デイサービス、就労継続支援B型などを念頭に、「とことん地域にこだわり、共に歩んでいきたい。むろん裾花寮とも連携して」と行弘さん。土地に密着した社会福祉法人の新たな使命を模索しつつ、1法人1施設から脱却する時を迎えつつあるようだ。

 

【荻原芳明】

 

信濃福祉施設協会の歩みを見守ってきた旭山(西棟屋上から)

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