社会福祉法人風土記<32>日向更生センター 中 「寛恕」の心を業務に生かす

2018年0126 福祉新聞編集部
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左から長友宏美・管理栄養士、坂元三枝子・介護課長、池田仁子・看護師

 結核は「亡国の病」と言われていた。1953年、厚生省発表で推定患者数292万人。そのとき、入院患者を中心に結成された患者団体の60周年記念誌『日患同盟誕生の実録』(東京都患者同盟中央執行委員会・2006年刊)によると〈昭和29(1954)年1月、〝一家心中はいやだ〟などのプラカードを高く掲げ日比谷公園から厚生省内に入った陳情団に、黒木利克・厚生省保護課長は『大蔵省は、厚生省の言うことは書生論だと全く耳をかさない。この予算では現行の保護制度がこわれ、皆さんの保護ができない』と悲痛な面持ちで陳情団を激励しました〉とある。同ページの写真には、厚生省の中庭で陳情団の小島貞夫代表の隣に立って激励する黒木の姿がある。

 

 このように黒木は、サンフランシスコ講和条約締結によって、連合国間との戦争状態が終結した1952年以降、さまざまな民間団体とも胸襟を開き、信頼を得て共に全国展開する社会福祉事業に取り組んだのである。

 

 また、黒木が敬愛した彫塑家・渡辺義知にもふれておきたい。日向更生センター「皇寿園」の玄関横に「黒木利克像」があり、施設内にも作品が複数置かれている。大型の作品は新霞が関ビル(旧久保講堂・東京都千代田区)の玄関横にブロンズの『青年の樹』がある。渡辺も〝反骨の人〟である。在野の洋画団体・二科会とたもとを分かち独立派となってからも、優れた作品を残した。その遺作の「写真集」(1967年刊)に灘尾弘吉・元文部大臣・厚生大臣・元全社協会長と共に黒木利克・元厚生省児童家庭局長・参議院議員(当時)が追悼文を寄せている。〈先生は単なる芸術至上主義者ではなかった。京橋(東京都中央区)で生まれ幼くして父母と死別されたが、それが後年児童福祉に深い理解を示された遠因となっていると思う〉。

 

 その代表作の一つ『国土を護る「海」』は、真下に錦江湾、向こうに桜島を望む小高い丘の上に建つ「松下美術館」(1983年開館)の玄関にある。創設者は黒木と親交のあった精神科医で、この地、鹿児島県霧島市横山町大廻地区に全国6番目の重度心身障害児(者)施設を創設した松下兼知(1905〜89)。ここへは奈良時代の大隅国の国府、国分寺のあった国分(2005年、霧島市に合併)からバスで30分で来られる。

 

 

 1969年開設の特養「皇寿園」の現場を支える人たちの証言をまとめてみた。

 

 坂元三枝子・介護課長(61)。「木下恵介監督の映画や水上勉さんの『くるま椅子の歌』(1967年)などをみたり読んだりして福祉の大学に。知的障害児施設に勤務後、結婚し専業主婦を経て介護士になりました。利用者の人たちには誰かを気にかける親切な人がいるんです。心が優しいですね」。

 

 ひいばあちゃん(曾祖母)への恩返しを、この施設で実践する2人。まず、「皇寿園」創設年に生まれた、水元和幸・主任生活相談員(48)。「ひいばあちゃんがいる大家族。そのばあちゃんを介護しながら愚痴ひとつ言わず農業をする母の姿を見ていました。私はばあちゃん子でお年寄りと一緒にいると心地いいです。在宅デイサービスで仏壇のあるお宅にうかがった時は、お参りさせてもらっています」。

 

 三輪清・介護福祉士(40)。「小学校の作文で『めぐまれない人たちのためのしせつではたらきたい』と書いていたんです。働いて感じるのは利用者の優しさです。〝認知症〟は病気がそうさせるので、できるだけ普通に接します。ですから難しくありません」。

 

 ここで病院の経験を生かす人もいる。

 

 池田仁子・看護師(55)。「センターの入口にある『寛恕』(2008年、「社是」に決定)という言葉に感動しました。見守り、待つこと、褒めることを心掛けています。施設、病院で一生を終える利用者の看取りがありますが、ご本人、ご家族の人がここで良かったと思えるよう心しています」。

 

 長友宏美・管理栄養士(46)。「病院で22年勤務。ここで2年目です。栄養プランの作成をしますが、時間のある限り利用者と握手などでふれあいます。年輩の人は手が冷たいので喜ばれます。誕生日には好きなものを、おいしかったと笑顔で言ってもらったときはうれしいです」。

 

モニュメント前に立つ黒木靖夫理事・施設長

 

 隣接する「明星園」の黒木靖夫・法人理事・施設長(61)は、ここで働くまでを語る。「宮崎を出てから働きながら名古屋の福祉の大学(2部)で学び、その後、重度障害者の「車イスで町へ出よう」活動や、教会、キリスト教系大学などのさまざまな障害児者のサポート活動をする中で、いろいろなことを知り学びました。続いて京都の仏教系大学の通信教育課程で養護教諭の資格を取得し日南市の施設に。今までの経験を生かしたいと、ここに来て働いています」と終始笑顔で語った。

 

 昨年4月に「皇寿園」に就職した新人職員は、「はじめは大学での実習などとの違いに戸惑いましたが、利用者の方と笑顔で目を合わせて話すことの大切さ。その人に合ったケアとは何かを考えながら仕事ができるようになってきました」。

 

 また新人職員の大学の先輩で、育休明けした職員は元気に明るく「今、保育園に自分の子どもを預かってもらうようになって、改めて預ける家族の気持ちが分かるようになりました。そして、何よりも利用する高齢の人たちの言動に共感し、受け入れる大切さを実感しています。私は体を動かすことが大好きです。この仕事は体を動かすこと。じいちゃん、ばあちゃんが大好きな人に最適です」 

 

【髙野 進】

 

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