源流の探訪  志賀俊紀・ほかにわ共和国総合施設長

2013年0121 福祉新聞編集部
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 日本の知的障害児教育の源流は滝乃川学園といわれる。その原点は1852年創設の米国ペンシルベニア州フィラデルフィアのアーウィン校が通説になっている。滝乃川学園の源流確認と記念誌『滝乃川学園の百二十年史』のアメリカ連邦図書館贈呈のために、2012年9月24日~10月1日まで渡米した。団長に山田晃二理事長、コーディネーターとして津曲裕次ほか8名(筆者含む)が参加した。

 


 知的障害の源流と「原点回帰」を問う記念誌は、編集代表・監修、津曲裕次(長崎純心大学大学院教授)により永年の研究成果を世界に問う学術専門書として上巻・下巻計1789㌻の体裁で2011年12月1日初版が出版された。

 

 『滝乃川学園の百二十年史』の序文には「滝乃川学園は、明治24(1891)年12月1日、立教女学校教師大須賀(石井)亮一によって濃尾震災孤女の受け入れを目的に、女学校「孤女学院」として設立された。その震災孤女群に、知的障害児が含まれていたところから、知的障害児教育に着手し、明治30(1897)年、「滝乃川学園」へと改称、日本で最初の民間知的障害児学校として発展した」と記載してある。

 

 草創期、戦前、終戦直後の知的障害者福祉と現在の状況を単純比較できないが、社会福祉基礎構造改革は知的障害者施設経営・措置制度が契約へ、さらに障害者自立支援法から障害者総合支援法への軸足移動、また本質変化や根源的経営の変革の推移などははっきりしない側面があるが、筆者は知的障害関係に絞り次のように潮目の仮説を立てた。

 

 第一の潮目は1970年大阪万博、第二は1981年国際障害者年、第三は1989年社会福祉事業法の改正、第四は1999年社会福祉基礎構造改革、第五の潮目は2005年の障害者自立支援法と2012年の障害者総合支援法の制度変革である。つまり福祉現場の展開の潮目が、その時々の制度改革環境と連動しているという想定である。現在の福祉は制度一辺倒では対応できない環境になっていることも事実だ。

 

 従来の福祉舞台は「福祉制度」という名の下で国民の税金主体の一極で支えていたが、社会福祉基礎構造改革後は国民生活に重要な「福祉文化」も取り込んで補強、この二極に支えられる福祉舞台になりつつある。

 

 福祉文化の文言は日本福祉学会が発足した2年後の1989年、東京都地域福祉推進計画等検討委員会(最終報告)と、報告後10年経過した1998年、中央社会福祉審議会社会福祉基礎構造改革分科会(中間まとめ)で「福祉文化」の用語が公式に認知された。これからの新たな「福祉舞台」は、「福祉制度」「福祉文化」プラス「自己実現」という三極に支えられた「鼎立型」発想の福祉現場の構築になる。

 

 今回の「温故知新」旅は、160年の歴史を持つアーウィン校、120年の弛みない歩みの滝乃川学園、創設60年となる〝ほかにわ共和国〟の福祉実践の検証、同共和国の理念の、共に汗を流して共に育つ「共汗共育」実践が「施設拠点から地域拠点へ」そして、施設の「文化環境視点」がいかに重要かを、日米の先駆施設から学ぶ旅でもあった。

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