当たり前の暮らし 中澤健・アジア地域福祉と交流の会理事長

2013年0401 福祉新聞編集部
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 私は、マレーシアのボルネオ島で暮らしています。赤道直下の常夏の島。オランウータンやホーンビル(鳥)、ラフレシア(花)… 珍しい動植物など、日本でも度々報道され紹介されていますね。

 

   この島はさまざまな少数民族が暮らすことでも知られています。私は日本で知的障害福祉に約30年携わり、1993年マレーシア・ペナンに渡り、2003年からイバン族の村のロングハウスを住み家に、障害者のデイセンター「ムヒバ」(調和の意)を運営していますが、今日は村の人々の暮らしを中心に書きたいと思います。

 

 この人たちと暮らして感じるのは、自然に生きていることです。水道だけ街から来ていますが、電気はなく、郵便局も病院も警察もありません。勿論コンビニも。朝は6時半ごろ明るくなり、夕方も6時半ごろ暗くなりますが、朝は明るくなるとすぐに働き、暑い午後は早めに休みます。

 

 水道があっても雨水をタンクに溜めて使う人が多く、夕方は川で水浴びや洗濯をします。子どもが多いですが、誰が親か分からないくらい、みんなで育て、お兄ちゃんもお姉ちゃんも年寄りも、小さい子を大事にしています。

 

 輝く太陽、木陰で涼をとり、晴れた夜は満天の星。自然の恩恵を受け、米を栽培し、鶏や豚を飼い、熱帯果物を育てます。しかし、自然は時に厳しくもあります。信じ難いほどの激しい雨、落雷や洪水、不作の年もあります。

 

 そんな時、人々は助け合います。日ごろから大仕事の時はゴトンロヨンと言って、無報酬で手伝い合います。ロングハウス(10世帯~50世帯以上も)に住む人々は、話すのが好きで、自分たちで作ったTuakという酒を飲み、よく笑います。博士号を取った人が何人もいて、教育水準は低くありません。

 

 日本の都会はどうでしょう。夜も明るく照らされ、自然を排除してコンクリート製の社会。満員電車で人と人は触れ合っても心が触れる機会はなく、過剰なほどの情報と革命的通信技術の進歩によって、ますます便利で楽な暮らしが出来る半面、人々は日々、必要な何かを切り落としてはいないでしょうか。

 

 1981年は、「完全参加と平等」をテーマに国際障害者年でした。障害のある人も、普通の暮らしを! 当たり前に地域社会の中でその一員として暮らせるように! と願い、ノーマライゼーションの思想が運動として実践として広がりました。

 

 いま、「普通の暮らし」を問い直し、「人間らしい暮らし」とは何かを考える時ではないでしょうか。欲望や安楽は心の豊かさと別物のようです。太陽の恵み、水や土や緑に感謝し、自然との共生と人との助け合いを基本に、心豊かに暮らすイバン族の人たちの中で、強い経済や制度依存ばかりでない、人間らしい暮らしを心に描きます。

 

 日本にも自然の優しさ厳しさを受け入れ、人が触れ合い助け合って、心豊かに暮らす町や村が沢山あるはずです。グローバリゼーションに踊らされず、自分の生き方、人間らしい暮らしを発信してほしいです。地域性、人間らしさを取り戻したいものです。

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