泣けない赤ちゃん 長井晶子・久良岐乳児院施設長

2013年0617 福祉新聞編集部
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 昭和50年代に入所してきた乳幼児の「初期反応」についての調査を実施したことがあります。調査の詳細は忘れてしまいましたが、当時の入所児は、家族からの分離に当たり、激しく反応を起こし、夜勤帯の職員は泣いている赤ちゃんを一晩中抱っこやおんぶで対応したり、ミルクを飲むことさえ出来なくなった赤ちゃんに、スポイトで一口ずつ飲ませたりした記憶があります。そして入所後1週間ぐらい経過したところで高熱を出し、それが収まると施設での生活にも慣れて来るという結果だったと記憶しています。

 それから十数年後の平成に入ったころから、初期反応に変化が出てきました。入所してきた子どもたちの中に、入所した晩に泣くこともなく、ミルクや食事も環境の変化を感じない様子で食べたり飲んだり、今までここで生活してきたかのように遊んだり出来る子どもの出現でした。

 さらに20年、最近の様子は、入所理由が虐待である子どもたちが増加していることもあり、初期反応を起こさない子どもたちが大多数になりました。それに生後5日目、産院から直接入所してくる子どもたちの中に、体が硬く、抱いても棒のようで、腕の中にすっぽりと包み込むことの出来ない赤ちゃんが出現したことです。筋緊張で一見すると、脳性まひのようなのです。

 40年の経過の中で見せた子どもたちの反応の変化の背景には、親側の子どもに対する気配りが出来なくなったことと、自己中心的になったことがあるように思います。

 最近よく目にする光景の一つに、混雑する電車の中にバギーに乗せられた赤ちゃんと母親の姿があります。バギーで電車に乗ることが悪いのではありません。混雑の中では赤ちゃんの視線になって考えてもらいたいものだと思うのです。

 赤ちゃんの視線の前にあるのは、大人のカバンと大きなおしり。それが電車の揺れと共に赤ちゃんの目の前に接近して来ます。どんなに怖いことでしょう。混み合った電車の中では、お母さんが赤ちゃんを抱いてあげる、そんな配慮が子どもの安心感につながると思います。細々とした思いやりや配慮の積み重ねがお母さんとの愛着の絆を深めてくれると思うのですが、未熟で自己中心的だから虐待に至ってしまう家族。

 虐待によるトラウマを抱え、入所時の初期反応を示せない親子関係の中での乳幼児。母体の中で10カ月、緊張状況の中で育ち出生に至った赤ちゃん。

 昭和20年代の乳児院はホスピタリズムの代名詞が冠され、その改善には職員の配置基準が後押しとなりました。

 今は愛着障害が言われています。入所した子どもたちの初期反応の改善には職員の配置基準が見直され、安心できる空間と担当養育者とのゆったりとした時間の流れの中で応答的環境を経験しながら愛着関係を作り上げられたら良いなと、ハイリスクの子どもたちの心の回復が出来ることを願っています。

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