大倉集古館

2013年0909 福祉新聞編集部
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 大倉喜八郎は1837(天保8)年、現新潟県新発田市に生まれる。江戸に出て鰹節問屋に奉公するが、独立して上野に小さな干物店を開く。

 

 次いで神田和泉橋に大倉鉄砲店を開業。折からの戊辰戦争の軍需品の供給で富を築く。その後、大倉商事、大成建設を設立して鹿鳴館、帝国ホテル、東京電力、日銀、歌舞伎座、碓井トンネルなどの工事を請け負った。

 

 

 日清、日露戦争で莫大な利益を得て、これを元に東海紙料、日本化学、帝国製麻、日本無線、日本製靴、日本皮革、日清製油、サッポロビール、あいおい損保、帝劇、ホテルなど多くの事業を興した。

 

  一方、得た富を教育文化事業に還元。1900(明治33)年大倉高商(現東京経済大学)を開学し、17(大正6)年には収集した美術品と土地建物を寄付して日本初の私立美術館・財団法人大倉集古館を現在のホテルオークラの地に設立した。建物の設計は伊東忠太の手によるもので、28(昭和3)年竣工、98(平成10)年国の登録有形文化財に選定された。

 

 収蔵品は喜八郎が生涯をかけて収集した日本、東洋の古美術品など2500件の美術工芸品と1000件の漢籍を所蔵している。(松)

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