虎ノ門金刀比羅宮

2013年0422 福祉新聞編集部
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 四国の香川県にあるはずの金刀比羅宮が虎ノ門にもある。

 

   江戸時代、讃岐国丸亀藩主であった京極高和が1660(万治3)年、芝・三田の江戸藩邸に本宮の御分霊を勧請したのが縁起。その後、虎ノ門に藩邸が移った際に遷座した。金毘羅大権現と称していたが、明治時代の神仏分離の沙汰で現在の社号に改称した。

 

   藩邸内の神社だけに町民はお参りできなかったが、「お伊勢さん」に次いで、「金毘羅さん」と親しまれていただけに、お参りを願う人々が多く、お賽銭が邸内に投げ込まれたほど。毎月十日に限り参拝が許され、大勢の町民が詰めかけた。今でも十日は縁日として露店が出て、お参りの人々でにぎわう。

 

   社殿は戦災で焼失したが、1951(昭和26)年再建された。総尾州檜造り、銅板葺きの権現造り。日本最初の建築史家で、築地本願寺などを設計した伊東忠太氏の設計校閲による建物で、日本古来の建築技法が随所にみられ、東京都選定歴史的建造物に指定されている。(若)

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