溜池

2013年0527 福祉新聞編集部
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 虎ノ門には堰が設けられ、清流が流れ落ちる。金比羅大権現あたりから赤坂に向けて広々と池が広がり、池の周囲の新緑がまぶしいほど。外堀通りと六本木通りが交差する「溜池交差点」付近の江戸時代の風景はこんなだったろう。

 

   江戸城築城の際、もともと湿地帯だったところを、1606(慶長11)年、和歌山藩初代藩主・浅野幸長の進言で外郭の外堀と上水用として、築造された。幅の広いところは約100㍍もあった。水はきれいで3代将軍、徳川家光が泳いだといわれる。

 

 市民の憩いの場にもなっていて、江戸後期には、日枝神社から赤坂に通じる有料の「銭取橋」が架設され、麦とろ家などの出店もあり、にぎわった。神田上水、玉川上水が整備されてからは、上水としての必要性が少なくなり、少しずつ埋め立てられた。

 

   明治になって、本格的な埋め立てが進み溜池は姿を消し、同21年には赤坂溜池町が創設され、同42年には外堀通りに市電が開通するなど、町として発展した。現在、溜池跡の地下には地下鉄銀座線、南北線、千代田線、丸の内線に乗り換えられる「溜池山王駅」が開業したことで、ますます便利で、にぎやかな町に発展している。 (若)

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