社会福祉法人風土記<41>北海道家庭学校 上 教育重視掲げた留岡幸助

2018年1005 福祉新聞編集部
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留岡幸助

 オホーツク海に至るまであと20キロほど、北海道東部遠軽町の山林の中に、数ある日本の福祉施設の中でも知名度ではトップクラスの所がある。

 

 社会福祉法人北海道家庭学校が営む「児童自立支援施設・北海道家庭学校」である。

 

 「何泊もする実習生のほか、全国から見学に来る人たちや取材の人を含めて、ここを訪れる人は一年中、後を絶ちません」と仁原正幹校長(64)は話す。

 

 創立100年を超す北国の施設での更生生活は、何度も映画やテレビドラマ・ドキュメンタリーとなり、中学校の教科書でも紹介されるなど、数十人の少年が暮らす小さな施設だが、その存在感は大きい。

 

 人気アニメに描かれた現場を〝聖地巡礼〟と称して若者が訪れるのが流行しているが、福祉活動を志す若者にとってはここが一つの聖地であり福祉の原点と映っているのだろう。

 

 その理由は創設者である留岡幸助(1864~1934)にある。

 

 「感化教育の父」「感化事業の先駆者」といわれる留岡は、1914(大正3)年に遠軽町の1000町歩の国有林の払い下げを受けて、家庭学校北海道分校と北海道農場を開設した。分校とあるのは、その15年前の1899(明治32)年に東京に家庭学校を創立していたからだ。

 

 元治・慶応・明治・大正・昭和を生き抜いた留岡の70年の生涯は、何かと問題のある子どもたちを心身ともに立ち直らせて自立させた上で社会に送り出す感化救済事業にささげたものだった。

 

 備中松山藩高梁(今の岡山県高梁市)の町人の家に生まれた留岡が、どのようにして一生を貫く使命を見いだしたのか。その軌跡をスケッチする。

 

 大きな精神的支柱となったのはキリスト教だ。

 

 

1919年に建てられ、今も使われている礼拝堂。       2015年に北海道の有形文化財に指定された。

 

 

 

 子どものとき、士族の子にいじめられ悔し涙を流した幸助少年は「士族の魂も町人の魂も、神の前に出ては値打ちは一つだ」というキリスト教の説教を聞いて感激、すぐに地元高梁教会で洗礼を受けた。

 

 その後、京都の同志社に進学し、当時の監獄の実態のむごさを知るに至り、監獄の改良事業を志した。卒業後、牧師となり、北海道集治監空知分監(現在の三笠市)に教誨師きょうかいしとして赴任すると、鉱山などで過酷な労働を強いられていた自由民権運動の政治犯ら囚人の姿を目の当たりにして、待遇改善を国に働き掛けた。

 

 多くの犯罪者と接するうちに、「たいていは10歳前後に不良行為が現われている」との思いを強くし、子どもへの関心を強めていった。その感化方針も懲罰主義でなく「不良少年は教育でよくするほか途はない」と教育重視の信念を固め、当時の感化院(のちの教護院、今は児童自立支援施設)設立に動いた。

 

 だが、その理想をどう実現するか。留岡は先例があるアメリカに2年間視察留学、その後も英仏独スイスなどに長期出張して精力的な調査、克明な取材をした。刑務所に泊まり込んで肌で感じた思いを詳細に記したメモが膨大な量残っている。

 

 米ニューヨーク州のエルマイラ感化監獄を創設し、監獄改良運動のリーダーでもあったブロックウェイ監獄長の言葉に強い影響を受けた。この仕事に半世紀以上も携わった先達は、「私はただ一つのことをやっただけです。だけど成し遂げるにはたゆまぬ努力と長い時間が必要です。This one thing I do これが座右の銘です」と語った。心に響いたこの言葉を留岡は「一路白頭ニ至ル」と意訳して、自身の座右の銘にもした。

 

 「少人数で共同炊事をする生活」

 「家族のような温かみのある宿舎」

 「緑豊かな自然環境の中で働きながら暮らす」

 「普通教育だけでなく、職業教育も、徳育・宗教教育もする」

 

 理想が徐々に具体的な形を取り始めた。だが、感化院構想が東京で実現するとき、ネーミングに困った。「感化院のような不良少年がいることを現わす名称はなるべくつけたくない。学校の中に家庭をつくり、家庭の内に学校をつくるという趣旨だから」と家庭学校と命名してスタートした。

 

 当時、既に留岡は社会事業、慈善事業、貧民研究などの研究者として最前線にいたが、理論家とともに事業を興す実践家としても活躍し始めた。

 

 明治30年代は社会主義、労働運動の黎明期にあったが、留岡は内務省嘱託も長く務め、100回以上も感化教育の地方講演をして回るなど、国益を無視せずに社会との協調性を持ち合わせていた。キリスト教の使命感が多くの政界、経済界の名士との交友関係を結び、それがやがて1914年の国有地の払い下げ、北海道家庭学校開設につながった。

 

【網谷隆司郎】

 

 

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