<新環境設計創業50周年>「福祉」支える令和でも 引き継ぐパイオニア精神(PR)

2019年0530 福祉新聞編集部
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創業50周年を迎えた新環境設計の平松会長(右)と荻原社長

 福祉施設設計のパイオニアと呼ばれる㈱新環境設計が今年、創業50周年を迎えた。福祉の黎明期から600カ所以上を設計しており、同社の実績は福祉施設の歴史でもある。昭和・平成・令和時代の福祉施設について、創業者の平松良洋・取締役会長と荻原正之・代表取締役に理念などを伺った。また、近年同社が設計した特別養護老人ホームを取材した。

 

「つながり」次世代にも(平松良洋会長)

 創業した1969年は、日本の経済成長が目覚ましい時期。私は27歳で大手建設会社を退職し、仲間と当社を立ち上げました。情熱だけは誰よりも持っていましたが、すぐに大きな仕事なんて入ってきません。

 

 そんな時、友人の父が(福)東京コロニーの理事長だった縁で、入所施設の依頼がきたのです。当時は補助金制度も確立しておらず、建設予算も少ない。しかし「新しい提案ができるかも」と決断。これが運命を変え、これまで600カ所以上の福祉施設に関わってきました。

 

 まだ建築区分に福祉施設のカテゴリーもなく、福祉施設用の資材もあまりない時代です。ただ、本格的な高齢社会の到来を前に、東京23区のいくつかの自治体から依頼を受けました。

 

 そうして政府が1989年にゴールドプランを発表しました。全国的な高齢者施設の整備方針が示され、時代の幕開けを感じましたね。特養設計のパイオニアと認知された当社には全国から相談が舞い込みました。

 

 この頃から地域における社会福祉法人の役割を意識していました。例えば当時東京都の離島に設計した特養では、火山噴火時に地域の防災拠点になることを想定したインフラ整備をしました。今では当たり前の考え方になっています。

 

 また全国社会福祉協議会とは、国際福祉機器展の裏方や、ロフォス湘南の立ち上げなどで一緒に協働させてもらいました。これも貴重な経験です。

 

 2000年代からは、「措置から契約へ」という大きな変化もありました。企業による有料老人ホームなどが生まれ、小規模施設も増えています。だからこそ、高い公益性を持つ社会福祉法人の存在感が際立っているように思います。

 

 これまで関わった福祉関係の方々は福祉への強い思いを持つ方ばかり。このつながりは当社にとって一番大切な資産です。次の世代にも必ず受け継いでほしいと思います。

 

施設の“再生”に責任(荻原正之社長)

 ゴールドプラン以前に誕生した福祉施設は、全国的に改修か建て替えかの岐路に立っています。半世紀にわたり施設建設に関わってきた当社には、大切な社会資源である福祉施設の存続と再生には社会的責任を感じています。

 

 当社に相談頂いた法人が、建て替えを選んだ一番の理由は「選ばれる福祉施設」へと転換するためです。今やさまざまな事業者が福祉に参入し、支援の質が問われる中、ユニットケアなど、かつての施設構造では対応できないことも増えました。

 

 さらに、入居者だけでなく、職員に選ばれることも重要です。動きやすい間取りはもちろん、カフェのような休憩室も増えています。人材不足の問題もあり、働きやすい職場環境づくりは離職防止に必須です。

 

 相談をきっかけに、別々にあった母子生活支援施設と保育園の統合を提案したこともありましたね。事務機能の統合だけでなく、ケアの質向上というメリットも生まれました。

 

 もちろん改修を選ぶ場合もあります。ただ、その理由は利用者負担の増加を懸念するケースがほとんどです。効率化や報酬増だけを考えるのではなく、低所得の人でも受け入れることを重視する姿勢は社会福祉法人の特徴でもあります。

 

 ありがたいことに当社のリピート率は8割に上ります。これは資金計画も含め丁寧に相談を続けてきた信頼の証だと考えています。自治体に提出する事業計画の作成や、補助金の交付申請など手厚いサポートも当社の強みです。

 

 昭和の後期に全国的に整備された福祉施設は、平成の時代に発展し、令和の時代には成熟期に入ります。これからはいかに地域と向き合うかがカギになる。だからこそ新施設の設計や改修では、法人の歴史や理念を理解することこそが大切だと考えています。ソフトを支えるハードづくりをこれからも続けていきます。

 

<東松山ホーム> 施設のシンボル花時計を残した思い

金子理事長(右)と池田常務

 埼玉県東松山市の社会福祉法人松仁会(金子伸行理事長)は2014年、新環境設計に依頼し、築37年の特別養護老人ホーム「東松山ホーム」を建て替えた。その際重視したのは何だったのだろうか。

 

 「花時計と壁画を残すことはできますか」。建て替えを担当した池田寛之・松仁会常務理事が最初に新環境設計に切り出したのはこんな質問だった。 

 

 同法人は、創設者の故・金子てる氏が介護の仕事をする中で「高齢者の気持ちに寄り添う場をつくりたい」と1977年に埼玉県内に設立。設立から数年後に、海外視察でヒントを得て花時計と壁画を設置した。「女性経営者らしいアイデアで、まさに施設のシンボル。建て替え後も意思を引き継げるよう残したかった」と池田常務は振り返る。

 

 質問を受けた新環境設計の担当者は驚きながらも「できます」と即答。それから、法人の歴史や理念などを数時間にわたりヒアリングしたという。

 

 結果的に新環境設計は、花時計はそのままの場所に残すことを提案。新施設の多目的室は、壁画の大きさに合わせて設計した。池田常務は「打ち合わせから法人の思いを丁寧に聞いてくれた。設計段階でも多くの新しい提案があった」と話す。

 

 新施設は回廊型で、内側には浴室ともつながる洗濯室を配置。汚物などを運ぶ職員専用のエレベーターもあるため臭気も広がらず、職員と利用者ともに好評だという。またユニットごとに大型の加湿器を設置したことで、インフルエンザ感染率が大幅に下がった。

 

 また災害対策の設備も強化した。ライフラインが止まっても3日は稼働できるため、福祉避難所の機能を十分果たすことができる。

 

 かつて松仁会は独自に「老人生活相談所」を設置するなど、地域のための活動を積極的に行ってきた。今では生活困窮者の支援や、中高生を対象にした学習支援などの活動にもつながる。今後、新たに地域ニーズに応える活動の構想もあるという。

 

 金子理事長は「施設の建て替えは支援のシステムを変えるということ。法人の理念をきちんと引き継ぎ、さらに将来に向けて発展できる建て替えだった」と話している。

 

花時計は旧施設の時と同じ場所に今もある

新施設の多目的施設は、壁画の大きさに合わせて設計された

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