〈熊本地震3年〉第二明星学園、多くのハードル乗り越え施設再建 

2019年0614 福祉新聞編集部
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新施設の外観。古墳をぐるっと囲むスロープが特徴

 2016年の熊本地震で甚大な被害を受けた社会福祉法人御陽会(武元典雅理事長、熊本県上益城郡御船町)は5月、知的障害者の入所施設「第二明星学園」をリニューアルした。旧施設の跡地に3階建ての施設を新設。地震の教訓を生かし、居室から車いすのまま出られる構造が特徴だ。「これからも利用者を支えたい」。落成式で、山﨑雅之施設長が決意を語った。

 

 

地震の教訓

 

 「実は昨年末、数十年ぶりに風邪で寝込んだんですよ」。落成式を前に山﨑施設長はそう打ち明けてくれた。新施設の道筋がつき、気が抜けたのだという。「3年で一生分の仕事をした気分です」。

 

 新施設は総工費が8億4000万円。10人ごとの4ユニットで、定員は旧施設と同じ計40人だ。部屋は多床室からすべて個室に変え、風呂は大浴場を置かず個浴とした。施設面積は2200平方メートルと倍以上になった。

 

 外観で特に目を引くのは、古墳を囲むスロープだ。

 

 旧施設は、設立当初から古墳に隣接するように建設。古墳自体は御船町の所有だが、施設のシンボルにもなっていた。

 

 「地震の際、職員が利用者を背負って避難するなど大変だった。そのため、どの部屋でも車いすで避難できるようにした」と設計意図を話す。

 

利用者は別施設へ

 

 同学園はさまざまな災害を想定した訓練を徹底していた。これが功を奏し、人的被害もなかったという。

 

 ただ、1回目の前震で旧施設が大きく傾いたため、すぐに移転を決断。車で20分ほどの、廃校の小学校を改修した多機能型施設「田代西部福祉センター」へ利用者全員を移した。

 

 一方、地震から2カ月間、学園の職員らは地域住民と炊き出しをした。「もともと施設の一部を貸し出すなど住民とは顔の見える関係。社会福祉法人として地域を支えることができたのでは」と山﨑施設長は振り返る。

 

 その後、職員の退職により、事業は施設入所や生活介護、グループホーム、相談支援だけに限定。就労継続支援B型やショートステイなどは休止していた。

 

資金難、職員減…

 

 一方、竣工までにはさまざまなハードルが立ちはだかった。そもそも旧施設は建て替えの予定がなかったため、十分な自己資金がなかったという。「一歩間違えれば、規模を大幅に縮小せざるを得なかった」と述懐する。

 

 また建設直前には、地中から古墳へ渡る陸橋と壺型埴輪が発見され、工事の開始が遅れる事態に。調査費用の900万円が法人の負担となり、「残すべき大発見」という声も上がった。

 

 しかし、「歴史も大事だが、今生きている利用者の生活がもっと大事だ」と主張し、町とも交渉。結果的に写真で残す「記録保存」とし、調査費用も御船町と折半することで決着した。

 

 さらに地震以降、50人ほどいた職員が35人ほどに減った。理由は地震被害やストレスなどいろいろだ。「仲間が去ったのは本当に寂しかった。残った職員は本当に頑張ってくれた」と感慨深げ。

 

落成式当日

 

 だからこそ山﨑施設長は4月24日の落成式当日を特別な気持ちで迎えていた。「今年64歳ですが、初めて人前で涙が出そうです」。

 

あいさつする山﨑施設長

 

 式典でこう切り出すと場が静まり返った。会場には県内外の施設や地元企業など100人以上が参加。これまで思いを受け止めてくれた人たちの視線が1点に集中する。

 

 新施設は名称を「ヴィラささゆ」と名付けた。これは熊本弁で「支える」という意味。皆が隣の人を少しずつ支えれば、幸せな社会になる。そんな思いを込めた。当然地震の経験が背景にある。

 

 山﨑施設長は「皆といたからこそ、乗り越えられた。とにかくうれしい」と話した後、続けて「絶対に泣くまいと思っていたが、しようがない」と上を向いた。その姿に、思わず涙を拭う職員もいる。

 

 そして一呼吸。「皆様の力でこれからも利用者を支えていただきたい。施設には30年の借り入れが残っており、返済する頃、私は94歳。ここにいる大半の方もいないと思いますが」。しんみりした空気が一瞬で弾けた。涙も笑顔に変わった。

 

 

 

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